2019年6月26日水曜日

政権交代に必要なこと ―書評 三春充希『武器としての世論調査』

著者の紹介


三春充希さん(Twitter ID @miraisyakai)は、内閣支持率や国政選挙の分析を行う「未来選挙プロジェクト」を一人で運営しています。そのフォロワー数は14万人を越え、与野党を問わず多くの政治家からも注目される存在です。

その三春さんの初めての著書『武器としての世論調査―社会をとらえ、未来を変える』が、ちくま新書から出版されました。この本の、世論調査の基礎知識や豊富なデータ・深い分析などについては、他の方の書評に譲ることにします。本ブログでは、あえて「裏側」から、おそらくあまり注目されないであろう側面を取り上げます。


データがもたらす社会の視野


本書は豊富なデータとグラフで、政治をめぐる日本社会の状況を語ります。たとえば、口絵の「野党列島と与党列島」は、野党より与党が支持されている地域が西日本に集中し、東日本では野党の方が支持されているということを、見事な方法で可視化しています。

こうした様々な地図や推移グラフを見ていると、社会を見渡す視界が得られたかのような気分になります。確かに社会の実態を正しく知ること、それは政策決定において最も重要なことの1つです。

昨今、政府統計をめぐる改竄が明らかになり、政府発表は信用できないとして日銀が独自のGDPを発表するほどの事態になっています。もし、政府の経済統計がすべてデタラメなら、どうやってアベノミクスが成功したか失敗したかを判断すれば良いのでしょうか。その意味で、データを重んじる本書の存在は、安倍政権の「首相にとって都合が悪いことはそもそも存在しなかったことにする」体質に対する、強烈なカウンターパンチとも言えるでしょう。

世論調査の向こう側にあるもの


しかし、私があえて取り上げたいのは、「世論調査の限界」と題されたわずか10ページほどの章です。そこで、世論調査の結果は世論そのものではない、と著者は強調します。「世論をになうのはあくまで人間」であって、そのひとりひとりが、たった1つのかけがいのない人生を背負って生きています。その経験や思いが深ければ深いほど、簡単にはその思いを数字に表せない。世論調査とは、その「世論」という実体に、一方向から光を当てた影のようなものです。

世論を理解するということは、世論調査の数字の向こう側にある人生経験・社会経験を理解するということなのです。そのためには、世論調査の限界を知り、他の統計や知見と照らし合わせて、その背後にある、ひとりひとりが営んでいる具体的な生活と経験を洞察する必要があります。データの向こう側にある「生きた人間」を洞察する、その姿勢こそが世論を生かして行動する際に決定的に重要なのです。

著者が言うように、世論調査では「量的な側面だけが強調され、その量を変えるための安直な方法が求められがち」です。しかしそのとき、その世論を担っているのが個々の人間であることを忘れてしまっていることが多い。しかし、そうした安易な「プロモーション」が世論を動かすことはありえません。

私の責任で、1つだけ具体例を挙げます。数年前の国政選挙時に、「選挙に行こうよ」というキャンペーンがあったことを記憶している人も多いと思います。しかし、その効果はほとんど認められませんでした。それは、この社会の何を変えるのか具体的な政策も掲げず、安直に投票率だけを上げようとしたからでしょう。そのプロモーションを行った人たちは、「人が選挙に行くのは投票率を上げるためではなく、自分の生活や社会が変わることを、候補者・政党に期待するからだ」という当たり前のことを忘れていたのです。

世論調査をきちんと調べれば、「無党派層の動向こそ政権交代の鍵である」という認識を得ることができます。その認識それ自体は正しいものです。しかし、それで自身が社会に対して俯瞰した視点を得た気分になって、「無知蒙昧な無党派層を啓蒙してやろう」と行動するとき、その政党や市民団体は広範な支持を得ることは決してありえません。ごく単純に言って、「あなたは無知な人間だ」という態度を取る人間に、誰も耳を傾けたいと思わないからです。これではその人たちは孤立し、民主主義の選挙では負け続けます。

認識の限界としての無党派層


では、どうすれば良いのでしょうか。

本書第六章「時代を生きる人々」で、著者は無党派層の分析に取り組みます。世論調査の限界を意識しつつ、それでもなお、無党派層を様々な角度から理解しようとするのです。

私の責任であえて大胆に言い換えてみます。多くのリベラルは無党派層を「政治に関心がなく政治的意見を持たない人々である」と断定し、批判してきました。それに対して、著者は「無党派層とは、私たち自身の認識や調査、そして選挙制度の限界である」と視点を転換した。「無党派層」の問題の本質は「もの言わぬ人々」にあるのではなく、「彼らの言葉を聞き取ろうとしない私たち」にあるのだと、いわば「コペルニクス的転回」を行ったのです。

具体的な分析内容を紹介します。まず著者は、現在の年代構成では、そもそも若い世代の投票行動が選挙結果に反映されにくい事実をデータに基づいて指摘します。

特に興味深いのは、2014年に行われた「戦後70年に関する意識調査」です。ここでは、戦後の日本に大きな影響を与えた3つの出来事を選択させています。この中で、「バブル経済とその崩壊」を答えた人は、80代では10%代後半ですが、20代から40代では50%を超えているということです。また、バブル崩壊よりは低いですが、「リーマンショック」と答えた人が20代・30代で20%もいます。明らかに、50代~60代以上の人と、それ以下の世代の人で、経済の認識に大きな断絶があるのです。

また、世代別の政党支持率を見ると、2018年の衆議院選挙比例区の年代別得票率では、10代・20代では自民党が多いのに対して、立憲民主党は60代が中心であることがわかります。しかし、実際のところ、若い世代で自民党支持者が多いわけではありません。若い世代では与党も野党も支持を落としているが、若い世代の野党支持がほぼ壊滅状態なのです。

しかし、政権交代が起きた2009年では、そうではありませんでした。20代から80代までまんべんなく、20%以上の得票率を取っていたのです。ということは、そのときに民主党に投票した若い世代の相当部分の人が、2012年の選挙以降、おそらく何らかの失望と共に、民主党の支持から離れ、多くは無党派層になったことを示唆しています。

著者が言うとおり、「政治がある世代を大事にしなければ、その世代が政治を信頼しなくなる」のは当然です。無党派層が政治に関心がなかったのではない、むしろ政治の方が若い世代に関心を持たず、結果的に無党派層に追いやってしまった。著者の分析は、そのことを示唆しています。投票率の低さを嘆いたり、投票率を安易に上げるべく啓蒙しようとする前に、政治に携わる側がなすべきことがあるはずなのです。

政権交代のために必要な条件


『武器としての世論調査』には、政権交代のために必要なエッセンスが詰まっています。世論調査や社会調査は、人間を理解し、社会を理解するための最大のツールです。

しかしより大切なことは、世論調査の向こうに「人間」がいる、という事実を意識し続けることです。そして、様々な統計調査を通じて、事実を尊重しつつも、その向こう側の「人間」を理解しようとすること。彼らの声に耳を傾けること。そして一人一人と向かい合い、大切にすることです。

そうして、リベラルが目指す社会を身をもって示していく。それこそが、人権が尊重される社会を創り上げる「不断の努力」ではないでしょうか。その、他者と事実を尊重する態度こそが、安倍政権との本当の対立軸のはずです。政権交代は、あくまでその過程にしかありえません。

本書はその事を、膨大なデータと深い分析、そして調査や認識の限界を常に意識する節度を持って示しています。その意味で本書は、政治家や政治に関心がある市民すべてに、繰り返し読んでもらいたい。そして、社会科学を研究するすべての研究者に長く読み継がれてほしい。私はそう心から願っています。

最後に


野党の政治家への呼びかけです。本気で政権交代を行いたいなら、この本で予備的に提示された調査プログラムを採用するべきです。


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