さて、前回のブログ、消費税増税シミュレーションのメタ理論編に引き続いて、消費税増税について検討してみましょう。
まず、消費税増税をすると、年金不安が解消されて消費が増え、デフレが解消されると自民党の谷垣総裁が発言し、菅首相も同様の発言をその後したと記憶していますが、それは明らかな誤謬です。というのは、すでに見たように、個人消費の低迷は、そもそも民間給与総額の低下にあるからです。収入が減っているのに、「年金は将来も安心だからお金をぱーっと使おう」と思う人はいませんよね(笑)。というか、思っても、先立つものがなければどうしようもありません。それに、少なくとも年金不安より大きな問題は、収入不安・雇用不安です。もし将来的に収入が減る、あるいは解雇されるという恐れがあるならば、消費は抑制されます。つまり、個人消費を決定する要因は、おそらく
現在の収入>近い将来の収入・雇用不安≫年金不安
です。
もう一つ検討しないといけないことがあります。消費税増税は、政府でどのように使われるのか、です。つまり、財政再建のためなのか、それとも小野理論が提唱するように、福祉目的の雇用に使われるのか、という問題です。後者だとすると、消費税増税前に法人税を減税すべきだとなぜ主張されているのか、整合性がとれません。まあ、財政再建のためだとしても、法人税減税と整合性はとれないのですが(笑)。ともあれ、今回の消費税増税騒ぎのバックにいると思われる財務省や財界の動き、そして現在の民主党政権の動向から考えるならば、消費税を増税してその分福祉が充実する、という期待は、あらかじめ念頭から排除しておいた方が、国民としては賢明でしょう。
ちなみに、私の前稿を読んで理解してくれた人は、法人税減税で景気が回復する見込みがまったくないことも、容易に理解してくれると思います。というのは、減税された分、従業員の給与に還元される可能性は、現在の日本では限りなく低く、それゆえ個人消費も低迷するからです。これでは設備投資需要は生まれませんし、余ったお金は世界のどこかでバブルを発生させるだけです。そしてバブルは必ずはじけ、また企業の債務超過を生み出します。そもそも、企業の内部留保の拡大(≒賃金抑制)こそがデフレの最大の原因だったわけですから、法人税減税は、財政赤字を増やさない限り、デフレを生み出すのです。
さて、消費税を増税すると、何が起こるのか推測してみましょう。過去の増税の時から考えると、増税前のかけこみ需要と、その後の消費の大幅な冷え込みがあるはずですが、一時的な現象であるのと、またその後の効果を計算しづらいこともあり、今回は捨象します。とりあえず、確実に言えることは、貯蓄率が一定であると仮定するなら、消費税を5%増税すると可処分所得が事実上目減りするということです。
たとえば、今、私が10500円持っていたとします。それで、10000円のモノが買えていたわけです。ところが、消費税が10%になると、
10500÷1.10=9545円
しか使えなくなるわけです。
つまり、可処分所得が
(10500÷1.10)÷(10500÷1.05)=95.45%
に減るというのと事実上同じなのです。
さて、そうすると、貯蓄率がもし一定という条件ならですが、個人消費が4.55%減ります。ということは、消費税を5%引き上げると言うことは、個人・家庭向けに商品やサービスを売っている企業の売り上げ(利益でも粗利でもなく、売り上げです!)が、自動的に4.55%減るということです。もちろん、この売り上げ減は、自動的に物流業や卸売業、製造業などに波及し、また設備投資需要も大幅に落ち込ませるので、完全に海外向けの製造業以外、日本経済のほぼ全領域にその効果は行き渡ります。
(このあいだも言いましたが、もう一度言わせてください。利益に対する税である法人税の減税の代わりに、売り上げを自動的に落ち込ませる消費税増税を要求する財界は、朝三暮四の猿より頭が悪いです)。
前稿で見たように、個人消費総額と名目GDPは完全に連動しています。それゆえ、個人消費総額が4.55%減れば、名目GDPもまた、だいたい4.55%程度下落するのです。
さて、売り上げあるいは名目GDPが4.55%減ると、大部分の企業の収益は大幅に悪化します。そして、これが消費税減税の、いわば恒常的な効果であることを(やっとその時点になって)理解し、疑いなくリストラや賃金カット、サービス残業の拡大、非正規雇用への切り替え、などなどによる賃金抑制で対処しようとするはずです。そうすると、さらに個人消費が落ち込み、さらにリストラが進行し・・・このデフレスパイラルが続くのです。
前稿でも述べたように、この賃金抑制と個人消費低迷のデフレスパイラルは、すでに90年代末から少しずつ進行しており、それが日本経済のデフレの大部分の原因でした。そのメカニズムが、消費税増税によって、いっきに増幅するのです。
では、増税後のデフレスパイラルは、どの程度の規模になるでしょうか?ここで、景気後退期に、リストラおよび賃金カットによって、どの程度賃金が抑制されたのかを示す「雇用弾性値」および「賃金弾性値」の過去の統計が参考になります。
これは、例によって『平成21年度労働経済白書』のp151から採らせてもらいました。90年代末の景気後退期では、GDP1%減につき、賃金総額が0.91%低下したことがわかります。2000-2002年ではそれが1.03%に増えています。これは、非正規雇用の拡大やリストラの合法化による、労働環境や雇用の不安定化が如実に表れています。もっとも、2007年度末からの景気後退過程では、2008年度の末までには雇用減が見られなかったため、雇用弾性値はわずかにマイナスになっていますが、実はその次の四半期から失業率の大幅な悪化が見られており、この景気悪化期全体で1.6%程度上昇していました。GDPの落ち込みがだいたい4%ですので、後退全期間の雇用弾性値は、概算で0.40程度だと思われます。賃金弾性値も引き続き悪化しているので、きっちり計算していないですが、景気後退過程全体では、1.1ポイント程度だったのではないかと推測するのは、おそらく的外れではないでしょう。
引き続き雇用条件が悪化していると考えるならば、次に、数年後、消費税増税で景気が後退したときに、賃金弾性値・雇用弾性値あわせて、1.2ポイント低下すると予測するのが妥当なところでしょう。さしあたり、GDP1%下落につき、給与総額が1年間で1%、次の1年間で0.2%低下する、と仮定してみます。
そして、この賃金低下が、そのまま個人消費の低下に直結すると便宜上仮定します。これはもちろん、現実にはありえないことです。本来は、失業保険の効果、預金取り崩しによる貯蓄率の減少なども考慮にいれないといけないのですが、一方で、賃金カットやリストラに遭ってない人も、雇用不安とデフレのため貯蓄率を増加させる可能性が高いため、計算を簡単にするため、この両者は相殺すると考えます。
さらに、もう一つ考慮に入れなければならないことは、賃金低下によるデフレは、実は98年度からすでに始まっているということです。消費税増税がなくとも、あるいは好景気であっても、賃金は年間わずかずつ減少していっていると、さしあたり仮定しておかないと、正確な予測が困難です。実際、1997年と2007年の名目GDPはどちらも515兆円ですが、給与総額は220兆円から201兆円と、約10%低下しています。とは言っても、これは00年代前半に給与が急激に下がったことを反映しているため、その点を差し引いて、年間0.7%ずつ給与総額は自動的に低下する、ととりあえず仮定しておきましょう。(このあたりの処理方法は、相当に議論の余地があります。)
ついでに、個人消費総額280兆円の内訳ですが、そのうちどの程度、民間給与所得から支出されているのか、それがかなりの難問です。マクロで見ると、日本人の平均貯蓄率はだいたい3-4%(国民経済計算による)なのですが、家計調査によると勤労者家計の貯蓄率は30%前後の高率を保っています。これは、高齢者の預金取り崩しを差し引いても、まったく計算があいません。ので、とりあえず民間給与所得者の貯蓄率を15%と仮定し、280兆円のうち、民間給与家計からの支出が170兆円、残りが110兆円と考えましょう。この110兆円の内訳は、公務員給与と年金(この二つでおそらく70兆円弱)、自営業収入、家賃収入、株式配当、預金取り崩しですが、これらは当然景気変動によっても変わってくるはずですし、年金は増えるはずですが、正確な計算がほぼ不可能なので、全体として、便宜上定数とみなします。
さて、これで準備が整いました。あとは、前稿で述べたように、現在の経済システムにおいて、個人消費と名目GDPがほぼ完全に連動する、
具体的には
名目GDP≒個人消費総額÷55.5%
という条件を足して、エクセルで計算するだけです。結果はこちら。
5年間でGDPが16.0%、10年で21.1%下落しました。
(以前にTwitterでは5年で18%、10年で27%と書きましたが、なぜ違いが出たのか説明します。前回は、民間家計の貯蓄率を10%と考えましたが、調べた結果、15%の方がより実態に近いのではと推測し、変更しました。また、前回のシミュレーションでは、消費税増税にあわせて、毎年1.0%給与総額が低下させる効果があると考え、それらをあわせて、個人消費低下→翌年の給与総額低下を累乗的に計算しましたが、今回は0.7%定率で低下すると考え、消費税増税の効果のみを累乗化して計算しています。実際のところ、どちらがより正確な計算が可能なのか判断は難しいです。あるいは、この賃金低下を初期値にのみ入れて計算するべきなのかもしれません。いずれにしても、5年予測では、14-17%のGDP減少という結果が出ます。10年予測になると、さらに差が開くのですが、たぶんその頃には経済構造も変わっており、政府の施策も何かしら出てくるか、あるいは完全に大恐慌に突入しているので、この予測には意味がなくなっている可能性が極めて高いです。)
しかし、なぜ消費税をたった5%増税しただけで、ここまでのメルトダウンが発生するのでしょうか?たぶん直感的には考えづらいことですが、そのメカニズムを端的にあらわすグラフがこちらです。
消費税増税で個人消費が(前年からの給与総額低下とあわせて)5%下落し、それが給与総額を5%以上削減させ、さらに個人消費の低下が続き、・・・この縮減プロセスが10年以上にわたって均衡化していく様子が理解できると思います。
以上が私の定量的なシミュレーション結果です。私が扱ったのは、むろん経済的現実それ自体ではなく、計算を容易にするために単純化されたモデルにしかすぎません。将来的に、私あるいは他の人が、より正確なシミュレーション、より正確な推測を行うために、もう一度、このシミュレーションにおいては、何が捨象され、何が考慮に入れられていないのか、説明しておきます。預金の取り崩しによる貯蓄率の変化は無視していますし、失業保険の効果についても考慮に入れていません。もちろん、その他の景気変動、為替など対外的要因、あるいは政府の施策については予測不能なので、捨象しています。また、最低賃金の効果も考慮していません。
さらにもう一つ考慮に入れていないのは、株価の変動や連鎖倒産、金融恐慌などですし、産業構造の変化も考慮に入れていません。というのは、この縮減プロセスでは、基礎的支出を担う産業についてはあまり影響がないでしょうが、選択的支出を担うサービス業などが、一定の時期を過ぎると持続不可能になり、倒産する企業が続出するでしょう。なので、産業構造も大幅に変化するはずですし、予測よりも失業率はむしろ高くなるでしょう。
また市場の心理的効果も含めて予測してみると、こういう風に事態は推移するんじゃないかと思います。消費税増税前に駆け込み需要があり、その次の四半期で、数十パーセント単位で個人消費が低迷します。ここまでは、市場も最初から予測しているでしょう。その後、ある程度回復しますが、増税前より回復しないため、その時点で経済学者や経営者たちは、消費税増税で個人消費が減ったことに(今更ながらw)気づき、その新たな環境に適応するために、各企業は賃金を抑制します。でも、その合成の誤謬の結果は予想していません。ごく一時的な縮小均衡だと思っていたのに、2年たっても3年たってもGDPが年率2%以上落ち続けるため、市場はその原因を理解できず、パニックになり株価が暴落、金融恐慌の発生、債務超過による連鎖倒産が発生するでしょうし、企業はより一層内部留保を高めようと賃金を激しく抑制し、家庭は自分たちの身を守ろうと貯蓄率を高め、加速度的に経済が急降下する。
まあ、もっとも、海外の投資家は(日本の市場よりもたぶん)賢いため、1997年の消費税増税時とまったく同じ事態が、さらに大規模に起きる可能が、実は最も高いのかもしれません。つまり、消費税増税=財政再建をしはじめて数ヶ月で、これからの日本経済に何が起こるかを予測し、円と株のを売り始め、銀行の債務超過から金融恐慌が発生し、一気に大恐慌に突入するというシナリオです。
発生時期はともかく、この十分に起こりうる大恐慌に対して、政府が何もしない訳もないですが、そもそも消費税を増税してしまう彼らの経済感覚では、適切な薬を投与できる可能性は極めて低いと考えざるを得ません。つまり、あいも変わらず量的金融緩和や法人税減税、財政再建などで対処しようとして、経済を完璧に崩壊させるでしょう。
あるいは、政府が仮に正しい手段、すなわち財政出動をしたとしても、おそらく百兆円規模の支出を迫られるため、かえって財政赤字が増大するでしょう。
以上が、私の暫定的な予測です。批判・異論・反論歓迎いたします。私の議論を、消費税増税について、より正確に考える際の、一つの踏み台にしてもらえればと願っています。
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